Story
編む人から、醸す人へ
この工房を、継ぐということ
富士山を正面に望む、山梨・平林。人口はおよそ250人の、小さな集落です。私たちがチーズ工房を構えたこの建物は、もともと、編み物の工房でした。
いまでこそ車で上がってこられますが、かつての平林には、細い山道しかありませんでした。麓まで働きに出るのは、たやすいことではなかったといいます。前の持ち主は、この集落に暮らす人たちが、遠くまで行かずとも働き、収入を得られるように——そして、暮らしの先々のことまで考えて、ここに小さな編み物の工房を建てました。
セーターを編む手が、この山あいに、仕事と、暮らしの支えを生んでいたのです。
やがて工房は役目を終え、建物は取り壊しが検討されていました。東京で技術者として働いていた私たち二人が、その場所と出会ったのは、ちょうどその頃です。ひと目で心を惹かれ、譲り受けて、二年半をかけて、壁も床も、自分たちの手で少しずつ直していきました。
工房にしたいと相談したとき、前の持ち主は、静かにエールを送ってくださいました。取り壊しも考えられていたこの場所が、もう一度ものづくりの場として息を吹き返す——そのことを、喜んでくださったように思います。ご家族との交流は、いまも続いています。
編むことから、チーズを醸すことへ。かたちは変わっても、この場所がしてきたことは、変わっていないのかもしれません。この集落に、仕事を生むこと。 七十年ほど前にここで灯された火を、私たちはチーズで受け継いでいます。
だから molq のチーズは、平林でなければならないのだと思います。牛乳の産地でチーズを作ること自体は、めずらしくありません。けれど、この場所の物語とともに味わっていただくためには、ここでなければならなかった。
いつか、この小さな集落が、面白いことをしようとする人たちの集まる場所になるように。受け継いだ火を絶やさぬよう、今日もひとつずつ、チーズをつくっています。